2019年10月2日
中土井 僚「日々是内省」
組織開発上での活用に立ちはだかる「5つの壁」
ティール組織の土台となっているケンウイルバーが提唱する「インテグラル理論」が注目を集め始めています。
20年前に原著が出版され、一度翻訳もされていた 書籍が翻訳し直され、発売されたこともあり、弊社が主催する研究会の中でも取り上げられています。
インテグラル理論に関しての多くの方の反応は、「難しい」、「どうやって使ったらいいのかわからない」というものです。
ここでは、インテグラル理論のAQAL(全象限・全レベル)と呼ばれるものの中での「四象限」に焦点を当て、組織開発の文脈の中でご紹介してみたいとおもいます 。四象限に関する内容は上記リンクを参照していただくとして、それを知った上でも依然として残るであろう疑問について私なりの理解をご紹介します。
四象限についてひと通り理解ができたとして、その次に起こりうる反応の多くは「だから、何?」というものではないかと思います。四象限は実際には変革をデザインし、展開していく上で非常に役立つのですが、使いこなすのがとても難しい代物でもあります。
私自身この四象限は約12年前に知りましたが、組織開発の現場でこのモデル図のまま実際に使えるようになってきたのはこの1年以内の話です。頭の中で四象限的捉え方はしていたのですが、それをモデル図として実際に組織開発の現場で提示したことはなかったのです。
四象限は私たちの目の前で繰り広げられているありとあらゆる事象を4つの象限から捉えられるようにしており、ケンウイルバー自身がインテグラル理論のことを「万物の理論」と呼んでいるように、全てを包摂するものとして提示しています。
しかし、この四象限はMECE(モレなくダブりなく)にはなっているものの、「なるほど、そうだよね」とは思いつつも、どうしてもピンとこない感覚がつきまといやすいです。
その主な理由は以下のような壁が立ちはだかるからではないかと思います。
壁①:四象限のそれぞれがそもそも何を意味するのかわかりづらい
壁②:各象限の差異を定義することの価値がわかりづらい
壁③:四象限にあてはめて分析することによって何が価値として得られるのかわからない
壁④:四象限の全てに重きを置くことの価値がわかりづらい
壁⑤:四象限はシステムとしてつながっており、相互に影響しあっているということの「重さ」を実感しづらい
壁①については、書籍を熟読したり説明を聞けばそれなりには理解できるので、ここでは省略します。
壁②~⑤は独立して記載していますが、実際には壁⑤が根本原因となっているが故に、壁④が引き起こされ、壁②と③が生じていると言えます。ここでは、壁④と壁⑤に着目して、できるだけ簡略化してご紹介いたします。
インテグラル理論の「四象限」で表現されていること
インテグラル理論では、この四象限で以下のことを表現しようとしています。
A.全ての事象はいずれの象限からでも描写することができる
B.4つの象限はお互いに影響しあっている
C.四象限の全てに着目することでより望ましい状況を創り出すことができる
Aについてはたとえば「離職率」というものを以下のように捉えることができます。
●左上象限「内面的・個的」: 離職率が高まり続けている背景には、新卒5年目の社員田中さんの中で「この会社ではやりたいことをやらせてもらえないし、ルーティンワークばかりでこの先のキャリアに不安がある。会社の辞め時をちゃんと考えないとな」といった気持ちがある。
●右上象限「外面的・個的」: 離職率の意向は男性で20代後半から30代前半が多い。
●左下象限「内面的・集団的(文化的)」: 離職率が高まっている背景には、会社の文化として創業社長のトップダウンで物事が決まり、「結局は社長が決めるんだよね」という諦めや、「管理職は結局は上を見て仕事をするんだよね」という傾向があることにある
●右下象限「外面的・集団的(文化的)」: 離職率が高まっている背景には、ビジネスモデルとして在庫を抱え、店舗経営をベースにしているため、Amazonのようなネットビジネスに凌駕され、業績が上げづらくなっていることがある。
上記をご覧いただくと、四象限の観点から捉えることで、まさに複眼的に物事を捉えられそうだなと感じられるのではないかと思います。実際に、自社の組織課題について四象限の観点からの分析を複数人数で行うことで、情報収集できる幅を拡げることは可能になります。
ただ、ここで壁が立ちはだかります。
それは、それぞれの捉え方や情報は棚卸されますが、「へー。そういうことが起きているんだね」とか、「それは面白い見方だね」という感覚で止まってしまうことが多いのです。それが壁②~④になります。
そこには、インテグラル理論が表現しようとしているもう一つの側面「B.4つの象限はお互いに影響しあっている」の理解が難しいことが背景にあります。この点については4つの象限で説明をしようとすると、わかりづらくなるのでシンプルに左側象限と右側象限で二分して説明させていただきます。
「四象限の壁」が本当に指し示していること
左側象限が内面的つまり、「目に見えない世界」、右側象限は外面的で「目に見える世界」になります。結局のところ、四象限の壁は、
人の内面にある「目に見えない世界」は、外側にある「目に見える世界」に影響を与え、
外側にある「目に見える世界」は、人の内面にある「目に見えない世界」に影響を与える
という一般的に人は相関関係を弱くにしか実感できていないことに起因しています。
たとえば、社員のモチベーション(内面)が上がらなければ、会社は変わらず業績(外面)も上がらないというのは、わかりやすい因果関係であり誰も反対はしないと思います。しかし、社員のモチベーションというものは上がったり下がったりする気分のものであり、一人一人のモチベーションが上がったところで、巨大組織の中では誤差に過ぎないという感覚になりやすくなります。
また、逆に株価が下がったり、企業買収されたりする(外面)と、社員は不安になりモチベーションはさがるのは十分すぎる程わかっていたとしても、自分の財布から一万円札が目の前で抜き取られるほどの痛みを実感できないのです。
この因果関係の弱い感覚が左側象限と右側象限に分けて物事を捉えることの価値を感じさせづらくさせるのです。左側象限と右側象限という二分されたものですら、実感が乏しいので、いわんや四象限をや。ということになります。
組織開発における「四象限」の本質的な活用方法
では、組織開発における四象限を使う価値とは一体どこにあるのでしょうか?
それが逆説的ではありますが、
「壁⑤:四象限はシステムとして繋がっており、相互に影響しあっているということの「重さ」を実感しづらい」
を超えていくことにあります。
なぜなら、あらゆる変革が成功しなかったり、成功したとしても副作用を起こしてしまうのは、この四象限の構成要素の捉え方に偏りがあったり、それぞれの相互影響を軽んじてしまう、もしくは見えていないことに起因しているからです。
従って組織開発における四象限の活用の価値とは、
①状況の捉え方に対する視点の偏りに気づく ②各象限の中に存在している様々な要素が相互につながっていることに気づく
ことを促すことになります。
具体的には先ほどの「離職率」の例をとりあげると・・・
①社長が創業期から社長兼オーナーであり、最終意思決定者としての権限を担っている(右下象限)
②創業期の零細企業時代から社長のトップダウンによって物事が決まってきていたため、「最後は社長が決める」という暗黙の了解が生まれている(左下象限)
③そうした役員以下全員の「殿の仰せの通りに・・・」という考え抜かない姿勢に苛立ちを感じ、「最終意思決定者である俺が何とかするしかない」というプレッシャーが社長の中で沸き上がる(左上象限)
④プレッシャーを抱えた社長は代表取締役という肩書によって、他社の社長や有識者との人脈を広げ、質の良いディスカッションを行う(右上象限)
⑤質の良いディスカッションによって鍛えられた社長の視座と役員以下の視座の差は開き、ますます社長に議論で勝てる人はいなくなる。社長は役員以下の視座の低い議論に耐え切れなくなり、業を煮やしてトップダウンで物事を決める (右下象限)
⑥業を煮やしたトップダウンが繰り返されることで、ますます「最後は社長が決める」という暗黙の了解が強化される(左下象限)
⑦好きにやらせてもらえず社長の言いなりの雰囲気に嫌気がさして「この会社は面白くないな・・・」と思う社員が生まれる(左上象限)
⑧優秀な人が会社を辞めるようになる(右上象限)
⑨優秀な人材から辞めていくことで組織全体として新しいものを生み出せなくなる(右下象限)
⑩「この会社は優秀な人から辞めていくし、やばいよね」という噂話が広がり、沈滞ムードが広がる(左下象限)
⑪沈滞ムードによって、個々人の中で「この会社には先がない。自分の身の振り方を考えないと」という思いが生まれる(左上象限)
⑫離職率が上がり始める(右上象限)
⑬ネット通販の競合会社の隆盛により、構造的にも売り上げを上げづらくなる(右下象限)
⑭ネット通販の競合会社の隆盛と目に見えて上がっていく離職率の数値により、ますます「この会社はやばいよね」という雰囲気が広がる(左下象限)
⑮その沈滞ムードの中で当事者意識のない社長の中で「どいつもこいつも自分のことばかり考えやがって!」と怒りと焦りが生まれる
⑥に戻る
といった感じです。いかがでしょうか?
このように起きていることの事象の一つ一つを四象限で細かく抑えて言った上で、そのつながりを丁寧に追っていけば、左側象限と右側象限が相互に強い影響をしあっているだけでなく、四象限で捉えることの価値も見えていきます。
このつながりがシステム(≒系)として見えて、ありありと自分達がはまり込んでいる状況を実感できる状態がU理論でいうレベル3「センシング」になります。
つまり、四象限は自社の組織課題について四象限の観点からの分析を複数人数で行うだけでは、U理論でいうレベル2「観る」にとどまり、実質的な変化が生まれないのです。
四象限をシステムとして捉え、「〇〇が起きるということは××になって、××ということは、△△になって・・・」として丁寧にそのつながりを追うことでレベル3「センシング」に集団でたどり着きやすくなります。
変革の限界は外側で起きていることに自分が影響を与えていることを実感できないことにあります。内側と外側は実は深く結びついており、それが見えた時に初めて本当の変革が生まれる。
以上が私の捉えるインテグラル理論の四象限の本質的な活用方法です。
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